1、将来の希望の職業先は決まってますか。

日本は1990年代以降、「失われた20年」と称される不況時代の中にいて、しかもいまだ脱出できない状況にあります。そのためか若い人で就職先として公務員を希望する数が増えています。確かに、公務員の給与は、民間と比べても優遇されています。それどころか、いわゆる現場職員と称される警察官、消防士、自衛隊の給与は、同世代の京都大学の教授とほぼ同じということは、あまり知られてはいない事実です。先だっても、ヘッドハンティングで一橋大学の研究員(準教授)の方が職を辞してシンガポールの大学へ移ったというニュースがネットに載っていました。30代の研究者である彼は、自らの境遇を発表しました。彼曰く、年収は税込みで600万円強であったとのこと、シンガポールの大学は約3倍の給与を提示したそうです。一橋大学の給与が安いか、それともほぼ同等の給与を得ている現場職員の給与が高いかというのは個人的な印象の問題ですから、あえて言及しませんが、そういう事実があるからか、若い人の公務員になりたいという動きは、年を追うごとに強くなってきています。
一方、日本経済全体を見回すと嘗て当然のごとくあった日本社会の常識が消えていることがわかります。その常識とは、「年功序列」「労働組合」「終身雇用制」の3つです。労働の形態も大きく変わってきています。いわゆる規制緩和ということで、非正規社員を認められる産業が近年大幅に増えました。非正規社員は、労働法でその身分を保証されていませんから、会社の都合で職を失うという状況にあるわけです。
大企業といえども安閑としてられない時代になりました。要は、少し前までのビジネスモデルが通用しない時代になってきたということです。以前のビジネスモデルとは、大量生産、大量消費という方程式です。しかし、洗濯機、テレビ、掃除機などの日用品が全国津々浦々まで行き渡っている現在では、そうした大衆消費財に対する爆発的な需要は生まれないわけです。そうすると、同じ製品を大量に生産するには都合がいい大企業の大きな工場も細かな市場のニーズに合わせた製品作りが要求されるとむしろ無用の長物となってしまうわけです。
いい大学に入って一流企業に入社してその後の人生を安泰に過ごすという嘗ての理想の生き方は水泡に帰したということです。そうした中、約束された年功序列、終身雇用を踏襲しているところがあります。それが公務員です。しかし、公務員全体の人気が上昇したわけではありません。むしろ国家公務員1種と呼ばれるキャリア官僚の人気は低迷しています。それを裏付けるように大学入試において法学部の人気は下降線の一途を辿っています。人気が出てきたのは、警察官などの現業職員です。嘗ては体育会系の学生が集う職場でしたが、近年は体育会に限らずさまざまな生徒が目指すようになりました。
結果として、現在の採用試験は非常に狭き門と化しました。しっかりと準備をしていかなければ受からない試験になってきました。

2、公務員試験の準備

 多くの公務員試験対策予備校があります。しかし、公務員試験は、区分によって内容がかなり異なります。例えば、国家公務員試験1種は、司法試験と並び称されるほど難易度は高いです。しかし、国家公務員試験3種は、大学入試のセンター試験レベルです。同じように、地方公務員試験も大学卒業程度と高校卒程度の問題に分かれています。警察官の試験も警視正より下の階級は地方公務員扱いですから、地方での採用試験を経て職に就くことになります。要するに、国家公務員1種試験を除けば、大きく大学卒零度の試験と高校卒程度の試験に大別されます。大学卒程度の試験は、行政法と経済の問題で構成されています。一方、高校卒程度の難易度は大学入試試験のセンター試験程度です。試験内容の構成は、政治経済の問題を中心に一般教養問題が作成され、後は業務処理スピードと正確性を図るために数的処理の問題が出題されます。

3、公務員試験予備校がいいか、それとも家庭教師のほうがいいか。(勉強進度から)

 確かに、国家公務員試験1種であったり、大学卒程度の問題ですと経験値やそれまでの情報量からいって、公務員試験予備校の方が一日の長があることは認めざるを得ません。
しかし、高校卒程度の試験区分についていえば長らく大学受験指導をしてきた家庭教師センターとほとんど変わらないのではないでしょうか。むしろ日々教材研究をして、さらに高校の指導要領の研究に枚挙の暇がない家庭教師センターの方が有利ではないかと思えてきます。特に、公務員予備校の授業は、大教室で講師がマイクを持ってやるやりかたです。すでにその手法は、大学受験予備校の世界では時代遅れとされています。すなわち、多くの生徒を一つの教室に詰め込んで教えるというやり方は、運営側からすれば利益率の点から歓迎されるでしょう。しかし、生徒目線は知識習得という視点から効率性を考えることになりその場合、決して知識習得において効率のいい方法ではないわけです。やはり教師と生徒の一対一の関係の方が学習スピードは速いです。教師は目の前の生徒だけ注視すればいいので、その生徒の理解度に不安を感じれば、その真偽を訪ねて必要なら再度説明しなおすことができるわけです。そうすることによって生徒の不完全理解が生まれる可能性がかなり軽減されることになります。

4、公務員試験予備校がいいか、それとも家庭教師のほうがいいか。(費用面から)

 すべてを調べたわけではありませんので一概には申し上げることは難しいです。ただ予備校の授業はセット価格が一般的です。よって自分の勉強したいものだけを注出して授業を受けるというのは、難しいのではないでしょうか。すべてをゼロベースから勉強したいという生徒にはセットになっている予備校の授業は効果的でしょう。しかし、ある程度勉強がすすんでいて自分の不得意分野だけを勉強したいとするとセットの授業体系は必要無い教科の分の費用を支払うことになってしまいます。
此の点、家庭教師では最初の授業計画を作成する段階で、すでに勉強が終わっている教科は指導対象から外すことが可能ですので、ピンポイントで、自分の苦手分野を終わらせることが可能です。したがって、勉強の進捗状況がかなり選択において理教が出てくることがわかります。

5、実際の公務員試験(高校卒業程度)

まず、筆記試験ですが一般知識問題と一般知能問題に分かれます。前者の問題は選択式でして22問中から17問程度を選択します。ここで特筆すべき点は、政治経済がらみの選択肢は7問程度含まれていることです。つまり、政治経済の問題を準備して解けば一般知識問題の3分の1はクリアしたことになります。次に出題数が多いのが地理で、その後国語、歴史と続きます。なお、もし、この頻出が高い順に選んで解くとした場合、政治経済7問、地理3問、国語3問、歴史(日本史、世界史)4問ですので丁度選択するべきノルマの数と一致する17問になります。理数系の門愛も選択肢に含まれますが、全て足しても7問にしかなりません(数学、物理、化学、生物、地学)。よって高校卒業の区分で公務員試験を目指そうとする場合、理系はかなり不利ということが言えます。
さらに、一般知能試験は20問出題されますが、一般知識問題と異なり全て必須問題ですから、全ての問題を解く必要があります。その内訳は、文章問題が9問、判断推理が9問、数的処理が5問となります。判断推理という問題は理系というより文系により近い問題ですから、こちらの問題構成を見ても文系の方が有利となります。

6、公務員試験の準備方法(高校卒業程度)

 上記からお分かりいただけたと思いますが、高校の範囲の社会系科目を固めたものが有利となります。後は、読解力向上の訓練をすれば合格レベルに到達できます。具体的には大学受験用、特にセンター試験対策に関するもので基礎を固めて、市販されている公務員試験の過去問を解いてみることです。その段階で、どの程度点数が採れるか予想が立ちますから、その時点の手五体を元に受験予備校を利用するか、それとも家庭教師にするかを決めても遅くはないでしょう。但し、注意すべき点が一つあります。公務員試験は大抵1次試験は5月6月に集中しています。大学受験の時期とかなり違います。高校3年なったらすぐテストという感じです。したがって、公務員試験の準備は高校3年になってからというのは、少し遅いかもしれません。2次試験は、夏休みの最中に行われます。2学期を迎えるころには大体きまっているという感じです。

7、公務員試験(大学卒程度)

 地方公務員試験と国家公務員試験にまずは大別され、さらに国家公務員試験は、1種(総合職)と2種(一般職)に分かれます。この総合職が司法試験に匹敵する難易度と称されている試験です。この試験区分だけ、理系のための試験が用意されています(工学・数理科学・物理・地球科学・化学・生物・薬学・農業科学・水産・農業農村工学・森林・自然環境)。その他の試験区分は、国家公務員一般職、地方公務員大学卒程度ともに文系に有利な試験内容になります。しかし、この区分の試験は、行政法と憲法・民法の3教科がメインなので理系の受験で不安を覚える学生は、この時点で文系に鞍替えして公務員になるというケースも結構あります。

8、公務員試験対策(大学卒程度・国家公務員・地方公務員)

 要は、行政法・憲法・民法の3教科を仕上げれば、作業はほぼ終了です。この3教科は同じ「法律」なのですが結構構成する底辺ある価値観が違うものですから、最初は戸惑うと思います。例えば「憲法」で法律を作るのは国会だけだ、と表記しておきながら、一方で「行政法」では行政立法という分野があります。普通に読めば矛盾する内容です。しかし、これにはからくりがありまして、この両方の「法律」という言葉は、漢字は同じなのですが、実は内容が異なるのです。憲法のいうところの「法律」とは「一般的・抽象的な法規範」のことを射し、一方行政立法のいうところの「法律」は「法条の形式をもって一般的・抽象的な定めをする作用の総称、またそのような作用によって定率された定め自体」ということになります。法律のもう一つ難しいところは、法律用語は「定義」で記憶するということです。すなわち、例えば英語に置き換えてみますと、わからない単語にであったとします。そうすると辞書を引いて意味を調べますよね。この不明の単語が難解な法律用語であり、辞書で引いた意味が定義なわけです。英語では意味を調べることで、理解が進みますが、法律では提示を調べてすぐに理解できる人はよっぽど法律の素養に長けた方であって、普通はさっぱりわからないということになります。
法学部の生徒は、ではどのように勉強するかと言えばそれぞれの価値観の源泉まで遡って定義の生まれた理由を探ります。この価値観の源泉を「立法趣旨」という呼び方をします。その立法趣旨から定義の意味するところを理解するわけです。ということで、なぜ法律が独学に向かないかがお分かりいただけたと思います。英語の単語のように単語・辞書と交互に見れば言っていることがわかるようには構成されていないのです。
さらに、法律で難しいことがあるのです。それは実際の裁判判例です。裁判所は、法律に基づいて訴訟内容を審議します。これは、どのような作業かと申しますと、国会や行政が作成した法律の構成要件を導き出して、それを事実に当てはめるということをやっているわけです。法律の構成要件とは、その法律が該当、すなわち、その法律を使う場面だと判断するための前提です。数学でいえば「必要条件」です。これとこれがあるから、この法律文を当てはめる場面だということです。難しいのは、この法律要件がはっきりと決まっていないのです。これを学説といいます。その中で一番有力な説を通説と称します。さらに、この通説は時代の変化とともに変化します。
纏めますと、まず同じ漢字を使用しても異なる意味で用いる場合があり、それには定義よって分類されます。しかし、その定義お言い回しは非常に難解で法律に慣れ親しんだ人ならいざ知らず、一般の人が一見わかるようには書いていません。さらにその法律を実際に使用する際の方法が確立されていませんということです。たかが3教科ですが、独学は厳しいと思います。